膳城(前橋市粕川町膳)
前橋市粕川町(旧粕川村)から桐生市新里町(旧新里村)にかけては、山上城をはじめ、女渕城、中村城と、多くの戦国の城址があります。
今回は、その中でも遺構が見事に残されている膳城へ行ってきました。この城も武田勝頼に攻められ廃城になったとの事で、中村城と運命を共にしたと思われます。
訪問日:12月3日
--- 以下案内板より転載 ---膳城跡は、兎川と湧水による湿潤な谷地の間の丘陵性台地の先端部に位置する。南北約550m、東西約300mほどの範囲のなかに濠や土塁をめぐらし、本丸の他、数区画からなる郭(くるわ)を形成している。
この城の築城年代は明らかではないが、鎌倉時代の文書に既に「善」氏の名前が見える。しかし、この膳城に居城していたかは明らかではない。その後、室町時代から戦国時代にかけての文書にも「善」氏は度々登場する。
戦国時代には、関東地方の覇権をめぐる北条、上杉、武田の戦記物に度々「膳」の名が現れる。現在見ることのできる膳城の姿が形成されたのは、戦国時代末期と考えられる。特に天正8年(1580年)武田勝頼による東上州進攻の際の、膳城をめぐる攻城戦は「膳城素肌ぜめ」として著名である。膳城はこの戦いのあと、廃城となったと伝えられる。本丸周辺の濠、土塁等は当時の姿を良く残している。
群馬県教育委員会、前橋市教育委員会
| 固定リンク
「文学・歴史の40(戦国の城)」カテゴリの記事
- 高津戸城(みどり市大間々町高津戸)(2009.11.10)
- 大胡城(前橋市河原浜町)(2009.10.19)
- 山上城(桐生市新里町)(2008.09.01)
- 鶉古城(邑楽郡邑楽町)(2009.10.18)
- 小泉城(邑楽郡大泉町)(2009.10.12)



コメント