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2007年10月

2007/10/14

藪塚石切り場跡

 藪塚石の石切り場跡は、藪塚温泉(現在群馬県太田市)の北方約500mにあり、かつては「大谷石」に似た「藪塚石」を産出していました。

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 場所は少し分かり難いので、「北山古墳」の道標を頼りにすれば迷わず行けるでしょう。石切り場跡の入口は、北山古墳から東へ100m程の所にあります。石切り場の歴史については、文末の案内板の内容を参照してください。

◆回想◆
 今から40年ほど前、当時小学2年生だった私は、祖母とその仲間達の日帰り温泉旅行に連れられ、藪塚温泉に来たのでした。当時の祖母達にとっては、一大イベントだったのに違いありません。その旅行に私と同様に、近所の中学生のお兄ちゃんも連れられて来ていました。
 婆ちゃん達は楽しくて仕方ないでしょうが、私たち子供がじっとしていられる訳がありません。そこで、お兄ちゃんと私は温泉宿の周りを探検する事にしました。
 温泉から北へ山沿いに歩くと、河童が出そうな池の横を通り石切り場跡へ着きました。その後、石切り場からどこをどう歩いたのか分かりませんが、八王子丘陵(当時私の家のあたりでは「藪塚山」と呼んでいました。)の登山となり、ついには桐生市広沢町の広沢小学校のあたりに辿り着きました。山越えをしてしまった訳です。
 そこから藪塚温泉へ帰るにはどう歩けば良いのか?もう夕暮れ時です。たまたま田圃で働いているおじさんがいたので、籾山峠を越えて帰る道を教えてもらい、とぼとぼと歩いて温泉宿まで帰ったのでした。(道を聞いたおじさんが働いていたのは、今思えば桐生市の斎場の西あたりだったと思います。)
 桐生から藪塚温泉までどれくらい時間が掛かったかは分かりませんが、帰り着いた時にはあたりは真っ暗だったと思います。温泉宿(たぶん現在の「ホテルふせじま」だったと思います。)に着くと、私達が行方不明になった!と、大騒ぎになっていました。でも、宿の方に温泉に入れてもらい、タクシー(ハイヤーと呼んでいたかも知れない。)に乗せられ、帰宅したのでした。
 私達が帰宅しても、婆ちゃんたちは帰っていなかったので、たぶん警察に行っていたのでしょう。
 私の登山歴はこんな事件から始まりました。

[ 石切り場 ]
 今から凡そ二千万年位前に多くの火山活動によって堆積された軽石凝灰岩が地殻の変動で隆起し各地に露出して藪塚石となった。この藪塚石は明治の中頃から小規模に採掘をしていたが、明治三十六年に藪塚石材株式会社が創立され盛んになり始めた。質はやわらかく細工がしやすく価格も安かったので建築物の土台や塀、熱に極めて強かったのでカマドとして発売された。大正二年に東武鉄道が布設されると、販路も関東諸府県から長野県に至るまで藪塚石の名は広まった。当時労務者は三百五十人位であった。しかし藪塚石の最大の欠点は水に弱く、中に石がある事、層に割れ目が多い事などで、同質の大谷石と比べて多くの人件費がかかった。質に於いてだんだん嫌われいった。そして現在各所にこの様な大きい採掘跡を残して昭和三十年頃閉山のやむなきに至ったのである。
 (案内板より転載)
訪問日:平成19年10月14日

2007/10/09

榛名山 ゆうすげの道 IV

 ゆうすげの道で花の観察ができるのも、そろそろ終わりかも知れません。そんな訳で、最後にどんな花で終わるのかを見とどけに行ってきました。(でも、また行くと思いますけど。)
071009a■ウメバチソウ(ユキノシタ科)
 前回もウメバチソウの花は見たのですが、満足のいく写真が撮れなかったので、今回の写真は少々白色が飛んでますが大満足です。
071009b■リンドウ(リンドウ科)
 「リンドウ」という名のリンドウです。
 あまり人が訪れない山沿いにたくさん咲いていました。
 葉が虫食いになっています。
071009c■ヤマラッキョウ(ユリ科)
 これも前回見た花です。
 前回は雨水で細かい部分が分らなかったので、再登場です。
071009d■ヤマラッキョウ(ユリ科)
 今回は白花に近い物も観察できました。

訪問日:平成19年10月9日

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