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2016年7月

2016/07/31

褄黒豹紋 ♀

160731a ■ツマグロヒョウモン(褄黒豹紋)タテハチョウ科
 自宅の庭で撮影しました。

撮影日:平成28年7月31日(iPhone6s)

2016/07/30

狐の剃刀

160731b ■キツネノカミソリ(狐の剃刀)ヒガンバナ科
 みどり市笠懸町 稲荷山山麓で撮影しました。

撮影日:平成28年7月30日(iPhone6s)

2016/07/29

朝顔

160727 ■アサガオ(朝顔)ヒルガオ科

撮影日:平成28年7月27日(iPhone6s)

2016/07/28

夏水仙

160724 ■ナツズイセン(夏水仙)ヒガンバナ科

撮影日:平成28年7月24日(iPhone6s)

2016/07/27

みなかみ町大穴の火の見櫓Ⅱ

160724c所在地:群馬県利根郡みなかみ町大穴80 第5分団第2部

撮影日:平成28年7月24日(iPhone6s)

2016/07/26

みなかみ町大穴の火の見櫓Ⅰ

160724b所在地:群馬県利根郡みなかみ町大穴109

撮影日:平成28年7月24日(iPhone6s)

2016/07/25

みなかみ町小川の火の見櫓

160724a所在地:群馬県利根郡みなかみ町小川460 小川多目的集会施設

撮影日:平成28年7月24日(iPhone6s)

2016/07/23

赤城自然園 【夏】

160723a ■レンゲショウマ(蓮華升麻)キンポウゲ科

160723b ■フシグロセンノウ(節黒仙翁)ナデシコ科

160723c ■ヤマユリ(山百合)ユリ科

撮影日:平成28年7月23日(NIKON Df Sigma28-200mm)

2016/07/20

初雪草

160720 ■ハツユキソウ(初雪草)トウダイグサ科

撮影日:平成28年7月20日(iPhone6s)

2016/07/19

金柑

160719 ■キンカン(金柑)ミカン科

撮影日:平成28年7月19日(iPhone6s)

2016/07/10

薮萓草

160710a ■ヤブカンゾウ(薮萓草)ユリ科

160710b みどり市の鹿田山山麓の田んぼで撮影しました。

撮影日:平成28年7月10日(iPhone6s)

2016/07/09

ゆうずげの道'16

160709a ■ミズチドリ(水千鳥)ラン科 榛名湖畔に咲いていました。

160709b ■ユウスゲ(夕萱)ユリ科

160709c ■オカトラノオ(丘虎尾)サクラソウ科

160709d ■ホタルブクロ(蛍袋)キキョウ科

撮影日:平成28年7月9日(iPhone6s)

2016/07/05

玉原湿原

160703a ■キンコウカ(金黄花)キンコウカ科
  キンコウカは、既に終盤のようでした。

160703b ■モウセンゴケ(毛氈苔)モウセンゴケ科
  葉の部分と一緒の写真に納まれば分かりやすいのでしょうが、花の茎が長くて無理でした。

160703c 玉原湿原から尼ヶ禿山

撮影日:平成28年7月3日(NIKON Df Sigma28-200mm)

2016/07/04

川場村天神の火の見櫓

160703t

160703u 所在地:群馬県利根郡川場村天神421 第7分団 天神集会所
 立派な半鐘が健在です。

撮影日:平成28年7月3日(NIKON Df Sigma28-200mm)

2016/07/03

兜海老

160702c ■カブトエビ(兜海老)カブトエビ科(甲殻類)
 今年も伊勢崎市香林町(旧赤堀町香林)の田圃に発生しました。
 偏光フィルターを持っていなかったので、左手で影を作って撮影しました。
 以前も 2006年2009年に、ここに投稿しています。

撮影日:平成28年7月2日(NIKON Df Sigma28-200mm)

2016/07/02

山上城の紫陽花(桐生市新里町)

160702a ■アジサイ(紫陽花)ユキノシタ科
 桐生市新里町の山上城は、土塁に多くのアジサイが植えられています。

160702b あまり訪れる人もなく、静かに花を楽しめます。
 行く際は、虫よけスプレーをお忘れなく。 私は蚊に刺されました。

撮影日:平成28年7月2日(NIKON Df Sigma28-200mm)
[ 山上城由来 ]
 山上城は、鎌倉時代から流行した館造りの本丸を中心として、同様の長方形の郭を組みあわせた南北約650m、東西約220mの細長い形状の丘城である。
 北から南へ笹郭・北郭・本丸・二の丸・三のと並び、ふたつの掘切りを隔て、高さ約5mの物見台を持つ南郭へ続き、空堀・帯郭・腰郭が渦状にめぐっている。更に、東の蕨沢河、西の山田川の侵食による谷地が堀の役目を果たしており、巧妙な手法によって築城されていることがわかる。
 この城は、田原藤田といわれた藤原秀郷の子孫である五郎高綱が山上の姓を名乗り居城とした。高綱の子、太郎高光は源頼朝に仕え、上杉氏が関東管領の頃は、由良氏・薗田氏・桐生市とともに東上州四家として、重要な役割を果たしていた。
 北条・武田・上杉氏など群雄が割拠した戦国動乱のなかで、戦国時代末期の天正18年(1590)廃城となった。
昭和23年11月26日 県指定史跡

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